山城国 御影堂

宇多天皇出家の後、延喜元年(901)12月、寺内に御座所を設け、法務の御所とされたため、ここ仁和寺を御室という。京都にある当山は桜が約二百本もあり、弘法大師の御影を供養する法会が祖師堂で行われる、3月21日頃から盛りとなり、多くの人々が花を見ようと集まる。山が近いため、常に風が激しく葉がもまれ、低い樹に囲まれていた。

大和国 吉野山

奈良県中部紀の川上流の桜の名所として古くから知られる吉野山は、下・中・上・奥の各千本がある。修験道の道場・南朝の史跡もあり、大和谷の美で名高く、離宮も造られた。「ちる花にたぶさはづかし奥の院」『笈の小文』には、吉野奥の院にはらはらと散り、無常を感じ、俗人として詣ると、一面の満開の桜がもとどりを結ったままの姿が恥ずかしいという意味の一句がある。

武蔵国 江戸隅田川

この向島は広重が得意とする構図で、版画や肉筆によく描かれた。桜の名所として昔から知られ、今日でも時候には多くの花見客でにぎわっている。堤の中ごろに小さな茶屋があるが、この丁度吾妻橋に近い所から見た景色でのんびりとした向島の堤が描かれている。右奥には三囲神社の石の鳥居が、さらに遠くには筑波山が窺われる。

大和国 月ヶ瀬

奈良県添上郡月ヶ瀬村にある。三重県名張市の下流に位置し、梅林で名高い。頼山陽は「両山相せまって一渓明らかなり、路断えて游人渡を呼びて行く。水と梅花と隙地を争ひ、倒まに万玉を涵して影斜横。」と記し、画面そのものを現している。東下に梅渓と五月川のせせらぎを描写し、清泉な感じを見るものに訴えてくる。

周防国 錦帯橋

山口県東部岩国市内の錦川にかかる全長約193m、太鼓橋を5つ連続させた形をもつ木橋である。1950年、出水の為流出、復元された。山梨県大月市の猿橋とともに日本三大奇橋の一つといわれる。「橋は西国の名橋なり。中の橋三つは橋柱なし」と『大日本道中行程細見記』にあり、この絵もその様になっている。遠山の霞によって橋が印象づけられていることも見逃せない。

美濃国 伊吹山

滋賀・岐阜の県境にある1377mの山である。南東の山麓には古戦場として有名な関ヶ原がある。また薬草園があることで知られ、ここで産するよもぎから作ったもぐさは名高く、転じて「灸」の異称となった。山麓に桜花であろうか、紅色に花咲く田園を描いていて、小川とその傍らの小道が叙情的な妙味をいかんなく発揮して目を楽しませている。

駿河国 富士山

雄大な山容を示し、日本一の山と呼称され、昔から絵巻等に描かれてきた。3776mの高峯は山頂に雪が積もり、雲海に囲まれていて何ともいえぬ荘厳な心持ちにさせる。木花咲耶姫が鎮まるとの信仰があり、江戸での富士講は盛行し、登山も多く行われた。美しい富士は扇面を逆にしたとも詠われているが、自然のままの富士をそのまま描いている。

近江国 三上山

三上山は琵琶湖の南東方の付近にある守山の東方の山で、432mの高さで、近江富士といわれる。湖水の風景とともに描かれる場合もあるが、ここではそのあまり高くない山容が、積み重なって峯をつくっていて、特に興味深い。それと対照的に右辺には四本の高い樹をおき、中間の道、川、低い花咲く木々を描き、山との調和を画面に巧みにまとめている。

伊勢国 二見ヶ浦

伊勢国は現在の三重県の西・南・東端を除く大部分を占め、三方は山が連なり、一方は渥美・知多・志摩の三半島に囲まれた伊勢湾に臨む。「伊勢」には天照大御神の鎮座する内宮と豊受大御神を祭る外宮とがある。また、二見ヶ浦は常に大注連縄がかけられている夫婦岩(志摩半島北部)の名所としても知られている。